少女のままの死おすすめ度
★★★★★
まばゆい光と金髪の少女たち、可愛いお部屋のインテリアにキラキラのダンスパーティ。
女の子心をくすぐるディティールが満載なのに
ストーリーは思春期の残酷さを秘めている作品です。
観るたび、もしかすると観る年齢によっても違う感想・印象を持ちそうな気がします。
やっぱりあれこれ考えるのは姉妹たちの自殺の原因。
数年前に観たときは
そもそも思春期の女の子の自殺に、これ!という決定的な原因はないのかもしれない。
その年頃って、少女のままの死が崇高というか 死を恐れつつも憧れる気持ちもあるし…と思っていて
追求しない曖昧さがとても好きだったのだけれど、
今回観たら、違う考えが浮かんできました。
姉妹たちの自殺の原因は もしかしたら…と。
少女のままでの死というのはイメージとしては美しい。
でも、そうすることによって人々の記憶に残ろうとしたのなら、馬鹿げているけど とても悲しいです。
勿論、自殺の本当の原因は判らないし、判らないままで良いのです。
謎めいた美しい少女たちの思い出を 私も登場する男の子たちと共有できるのだから。
これは少年たちの物語おすすめ度
★★★★☆
1970年代半ば、ハイスクールの数学教師リスボン氏の一家には10代の娘たちが5人いた。ある日、三女のボニーが自殺を図る。心理学者の勧めに従い、子供たちに世間とのつながりを積極的にもたせようとするリスボン夫妻。しかし、プロム・パーティで娘のひとりラックスが羽目をはずしてしまったことに怒って娘たちを自宅に軟禁してしまう。そして悲劇は起こった…。
この映画は一見、10代の少女の閉塞感を描いた映画ですが、私は別の解釈をしました。この映画は10代の男の子たちを描いた作品なのです。というのもこの物語は、5人姉妹との記憶を25年もの間、折りにふれては反芻し続ける近所の男の子の視点で綴られています。だからこそ、5人の娘たちを自殺に追い込んだものが何だったのか、この映画は言い定めることができません。少年たちは、想像と妄想を膨らませることでしか、少女たちの姿を描くことができないからです。
ラックスをパーティに誘うトリップは、校内でも抜群にもてる男の子です。フットボール選手でもある彼は、この物語を回想する少年たちのような凡人とは一線を画した存在です。だからこそ回想を重ねる少年たちには、トリップとラックスの間に本当に何があったのかも、知ることができません。
映画は、少女たちを軟禁してしまう両親をことさら悪し様に描くことはしません。娘たちの自殺の原因が両親の苛酷なしつけにあるとも少年たちは言い切れないからです。
人間は長く生きていると、あの時のあれはどういうことだったのだろうか、と思い返したくなる出来事がひとつならず人生のあちこちに転がるようになります。少年たちにとってそればリスボン家の5人の姉妹でした。
彼らは今後も答の見つからない謎を抱えて人生を歩み続けていくことでしょう。それが生きていくということが見せる不思議な貌(かお)のひとつです。
甘くて苦い
おすすめ度 ★★★★★
平凡に見えた家庭が徐々に壊れ、次々と逝ってしまった彼女たちに、
少しでも近づきたいと願った男の子たちのはかない追憶の断片たち。
映像や音楽が気だるくて、魅力的で、儚い。
ストーリーの好みは分かれると思いますが、私は好きです。
原作の小説も読みましたが、映画は監督が女性ということで、
さらに少女たちが魅力的でミステリアスに描かれていると感じました。
概要
1970年代、アメリカ郊外の静かな住宅地。両親は保守的で厳しいが、何不自由なく暮らす美しい5人姉妹の末娘が自殺を図る。そしてその死から1年も経たないうちに、残りの姉妹もすべて自殺してしまう…。姉妹に憧れていた少年たちが回想する形を取りながら、少女の危うさとエロチシズムを繊細な映像と音楽で描いている。 フランシス・フォード・コッポラの実娘ソフィア・コッポラの長編第1作であるこの映画、演出上の食い足りなさは残るものの、そこが妙に映画のテーマである少女性にマッチしていて、あやうくうっとりしてしまう。少年たちが電話を通して姉妹に70年代の切ないポップスを聴かせるシーンは印象的。キャスティングは秀逸。特に奔放な四女ラックスを演じたキルスティン・ダンスト(『スパイダーマン』)の美しさは出色だ。(茂木直美)