姉川との出逢うきっかけとなった事件を書いた短編「待っていた女」が26ページ、「渇き」がp39-493だから、「渇き」のおまけに「待っていた女」がついたという感じでしょうか。
東直己の重要な転換点となる長・短編おすすめ度
★★★★★
私立探偵畝原のシリーズのどちらも絶版であった初短篇と初長編を組合わせて改めて登場した文庫一冊なのだが、東ファンにはどんなにか有り難いことか。短篇『待っていた女』は1995年『野性時代』に掲載。畝原の初登場作である。『渇き』は勁文社より1996年と1999年に発行されている長編作品。
これを読むと、東直己のススキノ探偵シリーズに比べて、畝原のシリーズが如何に生真面目な熟成された和製ハードボイルドであるかがよくわかるし、まず畝原との出会いには誰しも東直己ファンですら驚く。ここまで直球勝負ができる作家だったのか? と。
誰もが東直己ファンであれば感じることだと思うのだが、すすきの探偵はやはり若かった作者の等身大であり、畝原は中年を過ぎ行く地点に立つ作者の等身大でいるのだだろう。どちらも東直己には違いないのだが、子どもがどんどん育ってゆき家庭内離婚をしているという作家の現実的状況の中で、あまりにもフリーなスタイルにこだわるススキノ探偵シリーズではもう足りないというところが出てきてしまったのに違いない。
多くの束縛を受けたよりリアルな探偵としての畝原は、ハードボイルド探偵必須と言える「へらず口」については冴えているものの、どこか生真面目で、きちんとした職業としての私立探偵事務所を構えているのだ。離婚し、娘・冴香との二人暮らし。ススキノ探偵のシリーズとは脇役その他、交錯することはない。それでいて例によってあまりに個性的な脇役陣。そう、東作品は何を隠そう、名脇役陣によって支えられているのだ。
才女・姉川女史はまさに待っている女』では依頼人だが、その後最も重要なキャラクターとして登場し続ける。凄まじい存在感を示すのは消費者センター所長の山岸女史だろう。独立する前の上司である横山、その息子であり先々畝原の助手的存在として欠かせなくなる貴。地元TV局の近野、道警の玉木等々。
本作を皮切りに、東直己はどちらかと言うとススキノ探偵から畝原の方に執筆の重心を移行してゆく。それだけ重要なキャラクター設定、世界設定が、ススキノ探偵とは別に構築されたその第一段階的作品である。何につけ、誕生したばかりのシリーズ者というのは、その真価を最初から問われるものだ。その高いハードルをのっけからぼくはこの作品が余裕でクリアしていると思う。